新・祖母が語った不思議な話:その参拾玖(39)「忌み数」

明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」正続編終了時に、多くの方から続編を望まれる声をいただきました。御期待に応えた第3シリーズです。

イラスト:チョコ太郎(協力:猫チョコ製作所)

今回はある秋の夕暮れに「母親から聞いた」と前置きしながら祖母が聞かせてくれたお話。

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時は明治の中頃、季節は秋。

若い左官・三次は困っていた。
大きな仕事を終え、ふた月ぶりに家に帰ることになったのだが良い土産がない。
家で待つ妻・チヨを喜ばせたくて、店を片端から探したが見つからない。
あきらめかけたとき、一軒の古道具屋がふと目に入った。

「駄目で元々…入ってみるか…」

店は狭かったがいろんな物が所狭しと積まれている。
「これがいいな。お〜い!」
三次は作りが良く当時は珍しかった洋傘を手に奥に声をかけた。

恐ろしく無愛想な老婆が出てきた。

「これを包んでくれ」と洋傘を差し出すとそれを元あった場所に戻し、代わりに一尺ほど(約33cm)の古い人形を三次に手渡した。
「あんたはこれを持って行きな」
「いや、さっきの傘が…」
「いいからこれを買うんだよ」
「しかし」
「しかしもかかしもあるもんか。ほれ50円」
「ご、50円!? 稼ぎのひと月分!」
「ここで買わなかったら後悔するよ。いいのかい?」
そう言いながら老婆は三次の目を瞬きもせずじっと見つめる。
まるで魅入られたように気がつくと三次は金を払い、人形を手に店を出ていた。
「…まあ…チヨは子どもを欲しがっておったから『子どもが授かるありがたい人形』ちゅうて渡せばいいか…」

人形を道具入れに入れると気を取り直し、三次は山に向かった。

山道を登って行く三次は道の横の切り株に腰を下ろす中年男二人に出会った。
「兄さんはどちらまで?」
「もうひと山越えた先の村まで帰るとこでさ」
「私らもその村まで行こうとしてました。旅は道連れ…ご一緒しても?」
「もちろん!」
「ありがとうございます。私は俵太、コレは甚六。行商をやっとります」
三人はすぐに打ち解け、峠を目指して歩き出した。

太陽が真上に登った頃、三人は峠に着いた。
日焼けした若い男が岩に腰掛け休んでいた。
見ると脚に巻いた手拭いに血が滲んでいる。

「どうしなすった?」
「近道と思って岩場の方から登っていたら滑ってしまい…このざまでさ」三次の問いに男は答えた。
「旅は道連れ…私らと一緒に行きませんか?」
「かたじけない!よろしくお願いします。私は勇、漁師です」

あれやこれやと四方山話をしながら山を下っていると突然「モ〜ウモウ」という奇妙な声が聞こえた。
「なんでしょう?」
「聞いた事のない声ですな」
「少し急ぎますか」
気味が悪くなった四人は足早に山道を下る。

「モ〜ウモウ!」
なんと声が前方から聞こえた。
四人は思わず立ち止まった。
道の先に真っ黒いものがいる。
熊ではない。
熊よりはるかに大きい!
それを見た瞬間俵太と甚六は腰を抜かし、へたり込んだ。
勇が叫んだ。
「ああ、そうか!四人は駄目だ!」

「どういうことだ?」
「マタギをやってる叔父から聞いたんだ…忌み数の人数で山に行くと魔が出ると!このまんまじゃ皆やられる」

「モ〜ウモウ!!」真っ黒いそれはこちらに向かって動き始めた。

「なにか魔を除ける方法はないのか?」
「叔父たちマタギは忌み数にならんように気を付けとるが、どうしようもないときは持ち歩いとる木の人形を取り出して人数を変えるんじゃが、そんなもんないわい!」

「モ〜ウモウ!!!」

「人形…そうか!」
三次は道具箱から例の人形を取り出した。
1丈(約3m)ほどまで迫っていた真っ黒いそれはフッと消えた。

「もしやと思ったが…助かった」

四人は無事に山を越えた。

家に着いた三次はこの出来事を語り、チヨに人形を渡した。

その年、二人は念願の子宝に授かった。
三次は人形を買った店を訪れ、老婆に事の次第を告げ礼を言った。

「なに、あの人形がお前さんと行くちゅうたんじゃ。大事にしてやっとくれ。お前さんたちゃ命が助かる、おかみさんは子宝を得る、そして儂は儲かる…めでたしめでたしじゃ」
老婆は初めて笑顔を見せた。
「ほんにそうじゃな」
三次も笑った。

チョコ太郎より

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