明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」正続編終了時に、多くの方から続編を望まれる声をいただきました。御期待に応えた第3シリーズです。

秋も深まった頃、似非(えせ。にせもの)祓い師・井笠磨太呂が川っぺりを歩いていると、子犬がついて来ているのに気が付いた。
ずいぶん汚れて痩せている。
かわいそうに思い、前の村で買った大福をやるとよほど腹がすいているのかあっという間に食べてしまった。
井笠が歩き出すと、嬉しそうに尻尾を振ってついてくる。

「このちょぼ(小さいという意味)犬め、もう何にもないぞ! 家に帰れ」
追い返されても全く意に介さず子犬はついてくる。
可愛い道連れもいいかとしばらく一緒に歩いていたが、途中で疲れたのかちょぼ犬がキュウキュウ鳴きだしたので仕方なく抱えて歩くことにした。
気持ちがいいのか、いつの間にか犬は眠ってしまった。

川沿いの道には人家はない。
もう陽もかなり傾いたとき、橋の向こうに立派な宿が見えた。
「こんなところに、こんな立派な宿が…宿賃高かろうなぁ…」
井笠は少し悩んだがもうすぐ夜になるし、ちょぼ犬は寝るしで仕方なく宿の戸を叩いた。
「ようお出でなさいました」美しい女将さんが迎えてくれた。
宿はしんとして、人の気配がない。

「しばらく休んでおりましたので皆さん『もう宿はやっていないのだろう』と思われたのでございましょう。どなたもお泊まっていただけておりません。再開してあなた様が初めてのお客様、お足(代金)はいただきませんからどうぞお泊まりください」
井笠が不審に思ったのを感じとったのか女将はそう言うとにっこり笑った。

女将によく似た仲居に部屋に案内され、夕飯を美味しくいただき、風呂も満喫した。
部屋に戻るとちょぼ犬が井笠の荷物の中から袋を引っ張り出し、中身を平らげていた。
「あぁ! 次の村で惚れ薬として売ろうと思うた井守の黒焼きをみんな食うてしもうた…」
仕方なく手持ちの細い帯を取り出すと、それを同じ長さに切り揃え始めた。
「代わりにこの帯を“どれだけ歩いても疲れない『神歩帯』”として売ることにしよう」
試しに井笠が脚に巻くのをちょぼ犬は側で嬉しそうに見ている。

「その顔を見ると怒れんな…こっちに来い」
井笠はちょぼ犬を抱いて一緒に寝た。
夜半を過ぎた頃、ちょぼ犬がいないのに気が付いた。
どこに行ったんだろうと起き上がると部屋の中に仲居が立っている。
手には提灯。
「こんな時間にどうしました?」
井笠がそう言った刹那、突然提灯が燃え上がり仲居に火が燃え移った。

火だるまになった仲居は笑いながら近づいてくる。
化物だ!
外に逃げようと縁側の戸を開けると庭には何十匹もの山犬(狼)がいた。
川を渡って来たと見え、みな体がびしょびしょに濡れている。
挟み撃ちか…もう駄目だ…

そう思った時、山犬たちは井笠の横をすり抜け、仲居に飛びかかっていった。
山犬たちの濡れた体から飛び散る水で炎はどんどん小さくなり、消えてしまった。
絹を裂くような悲鳴を上げながら仲居は跡形もなく消えていった。
庭に座っている大きな山犬が「ワフ!」短く吠えると、山犬たちはどこかに消えて行った。
大将と思われるその山犬の横にちょぼ犬が座っている!
「お前は狼の子だったのか! 儂の窮地を救う為に仲間を呼んできてくれたんじゃな。かたじけない」
深々と頭を垂れた井笠が顔を上げると庭にはもう誰もいなかった。
あれほど立派に見えた宿はボロボロ…もうこんな所はごめんだと、井笠はすぐに出発した。

空が明るみ始めた頃、朝霧の立つ道の先にあの女将がいた。
「私は炎女(えんにょ)。いくらでも分身を作り出せるのさ。山犬どもの邪魔がなければ昨夜で命は終わっていたものを!」
と言うなり全身が燃え上がり襲いかかってきた。

逃げようとしたとき、ちょぼが足元に飛び出した。
避けようとしたせいで足に巻いた「神歩帯」が解け、それを踏んだ井笠は体勢を崩して炎女に体当たり。
二人は絡み合って川に落ちた。
「消える、きえる、キエ…ル」
炎女はだんだん縮んでいき、そして完全に消えてしまった。
「アチチ…へくしょん!」あちこち焦げ、びしょ濡れになった井笠が這い上がると、その顔をちょぼがひと舐め。
「ワフ!」とひと声残し、朝霧の向こうへ消えて行った。
「ちょぼ、ありがとうな!」井笠は大きく手を振った。

次の村に着くと神社の境内に村人を集めた井笠は炎女を倒したこの顛末を語った。
「化物除けにもなる」と「神歩帯」はあっという間に売り切れた。
「これもちょぼのおかげじゃ」
たんまり稼いだ似非祓い師・笠磨太呂はほくほく顔で隣村に向かって歩き始めた。



チョコ太郎より
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