明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」正続編終了時に、多くの方から続編を望まれる声をいただきました。御期待に応えた第3シリーズです。

小学四年生のとき、教科書に載っていた「ごんぎつね」の話に感銘を受けた。
「おばあちゃん、『ごんぎつね』のお話知ってる?」
家に帰るなり祖母に聞いた。
「新美南吉さんの名作だね。もちろん、知ってるよ」
「いいお話だよね。これまでおばあちゃんも狐のお話いろいろしてくれたけど、他にある?」
「じゃあ一つ話してあげよう。私のおばあさんから聞いた話」
「うん!」
久しぶりに聞く祖母の話にわくわくした。

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【祖母の話】
いつの頃かは定かではないが、今よりずっとずっと昔のこと。
ある村の辻にあるお堂に二匹の姉妹狐が住んでいた。
いろんな人に化けてはいたずらをするが他愛もないもので、村人たちは化かされるのを楽しんでいた。
それどころか獲物が減る冬などに村人は、狐の住むお堂にいろんな食べ物を置いてやるのだった。

そんなある日、いつものように村に遊びに行っていた狐たちが夕方お堂に戻って来ると、そこに若い僧侶が居た。
隠れて見ていると背負った荷を下ろし、布に包まれた物を取り出した。
布を開くと一尺ほどの短刀が出てきた。
血!
人間には分からないだろうが狐は禍々しい匂いを感じ取った。

僧侶は刃を油の染みた布で丁寧に拭きながら独り言をつぶやいた。
「この村の寺はなかなか立派だと聞いた。金や宝物がどっさりあるに違いない。明日が楽しみだな」
拭き上げた包丁を布に包み背負子に入れると、お堂の中で寝息を立て始めた。
大変だ! とんだ偽坊主だ!
二匹は人の姿になり村人に知らせに走ったが、「お堂の狐じゃな」「上手く化けたのう」「夜も更けたでお堂にお帰り」と信じてもらえない。
仕方なくお堂に戻った狐の姉妹はしばし相談し、その後各々どこかへ出かけた。

翌朝、偽坊主は村に向かって歩き出した。
寺へ向かっている。
狐たちは気付かれないようその後を追う。
姉狐は背中に包みを背負っている。

偽坊主が寺に入るのを見届けた姉狐は娘に化けた。
こっそり中を伺うと偽坊主は住職と話している。
しばらすると住職がおつとめで席を外した。
今だ! 姉狐は背中の包みを下ろし、竹皮に包んだ草団子を取り出すと偽坊主の所へしずしずと進む。
「住職から心尽くし、この村の名物の草団子です。お待ちいただいている間にどうぞお召し上がりください」
「おお、これは有り難い!」
ぱくぱくとあっという間に平らげた。

四半刻(約30分)ほどすると偽坊主は脂汗を垂らし、唸り始めた。
「う〜ん、腹が…腹が」
「まあ大変! 団子に間違って毒草が混ざっていたに違いありません。早くしないと命取り! お医者さんを呼んできますね」
そう言うと寺の外で待っていた医者に化けた妹狐を招き入れた。

「これは剣呑! 土砂加持(どしゃかじ。土の力で毒を抜いたり、治療すること)しかない。儂の言う通りにせんと命がないぞ」
偽坊主を診察した医者(妹狐)が言う。
土が湿ってやわらかい裏庭に偽坊主を連れて行くとそこにある石仏を倒させた。
ふらふらしている偽坊主に鍬を持たせると、石仏の抜けた穴を掘り広げるように命じる。
「…この穴は拙僧が掘らねばならないのですか?」
「無論じゃ。そうでなければ効き目はない。ほれほれ早う掘らんと間に合わんぞ」
うんうん唸りながら偽坊主は人が一人座れるくらいまで穴を広げた。
「そろそろよかろう。穴の中で座禅を組め」
言われるままに穴に入った偽坊主の上から土をかけ、首まで埋めてしまった。
いつの間にか娘姿の姉狐も来ている。

「いつまでこうしておれば…?」
「お主の罪が消えるまでじゃ。何年、いや何十年かかるかのう」
偽坊主ははぎょっとして抜け出そうとするが全く動けない。
そこにいなくなった旅僧を探しに住職がやって来た。
「この男は偽坊主。ここにある背負子の中にはこれまで盗んだ物や得物(刃物)が入っておる。この寺を襲う気だったんじゃ」
「よしよし、この荷物の中じゃな」妹狐が化けた医者の言葉を受け住職は背負子の中を検(あらた)めた。
「だまされるな! この医者は偽物だ!」
「そんなことは分かっておる。お堂の姉妹狐が儂の身を案じて策を打ってくれたんじゃ」
「私たち姉妹が一晩かけて探した〝腹を下す草〟で作った団子、死ぬことはないからご安心ください」
驚く偽坊主の前でくるくる回ると二匹は狐の姿に戻った。
偽坊主はがっくりと項垂(うなだ)れた。

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「姉妹狐、お手柄だね。偽坊主はどうなったんだろう?」
「領主に突き出すことはせず、住職の元で真っ当に暮らし、修行を積み立派なお坊さんになったそうだよ」
「へえ!」
「善人なおもて往生を遂ぐ、いわんや悪人をや…だね」
「? どういうこと?」
「『歎異抄』はまだ習ってないか。ざっくり言うと『悪人だって立ち直って良い人生を歩める』みたいな意味かな」
「ふ〜ん。姉妹狐は?」
「二匹とも長生きしたけどどんな命にも限りがあるからね。お寺の境内に埋葬され、そこに碑が立てられたよ。菩提を弔ったのは次の住職…見事立ち直った偽坊主だったんだよ」
「そうなんだ。ああおもしろかった! また聞かせてね」
「はいはい。いつでも」
祖母はにっこり笑った。




チョコ太郎より
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