新・祖母が語った不思議な話:その参拾(30)「きのこ」

明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」正続編終了時に、多くの方から続編を望まれる声をいただきました。御期待に応えた第3シリーズです。

イラスト:チョコ太郎(協力:猫チョコ製作所)

「おばあちゃん、どこかへりょこうに行くの?」
金曜日の夜、祖母がトランクに荷物を詰めているので尋ねると、週末に久しぶりに故郷に帰るという。
面白そうだったのでついて行くことにした。
小学校に上がった年の秋だった。

瀬戸内地方の山間にある実家で荷物を下ろし一通り挨拶を終えると、祖母と一緒に山にきのこを穫りに行った。
「たしか。こっちに良く穫れる場所が…あぁ、ここだ」
そこには目を疑うほどの舞茸やしめじが生えていた。
持って来た籠は小一時間でいっぱいになった。

「帰る前に、ちょっと寄り道しても大丈夫?」と祖母。
もちろんと頷いた。

山道を10分ほど登り、脇の小道に入る。
しばらく進むと大きな櫟(くぬぎ)の木が現れた。
幹まわりは3mを超えている。

「わぁ、すごいね! あれ、こっちにはもっと大きな切りかぶがあるよ? お酒もそなえてある…」
「それはこの櫟のお父さん。村を守ってくれた木だと聞いたよ」
「えっ? どんな話? 聞かせて聞かせて!」
「じゃあこの切り株に座って話そうか」
「いいの?」
「なに、こんなことで怒るような木じゃないよ」

祖母が座るのを見て、そろっと腰を下ろした。

………………………………………………………………

【祖母の話】

昔、ここには一本の立派な櫟の木が立っていた。
しめ縄が張られ「御神木」として村人から大切にされていた。
子どもたちもこの木が大好きで、幹の瘤を足がかりに木に登ったり、枝に掛けた縄に掴まって遊んだり、小さい子の中には根元で用を足すものまでいたが祟られる者はただの一人もいなかった。

ある秋の終わり。
子どもたちの中で一番年上、九つになるおまつが背中に一歳にならない妹を背負い茸を探しにやって来ると、櫟の木の所に見知らぬ男が六人。
落武者だ!

気がつかれないようにそろそろと戻っているそのとき、悪いことに背中の子が泣きだし見つかってしまった。
男たちに抗うことなどできるはずもなく、おまつは掴まって縛られ櫟の木にくくられてしまった。

「子を背負った小娘だけで来るっちゅうことは村は近いな」
「おう、この娘に案内(あない)させればすぐよ!」
「刈り入れた稲もたんとあるだろうな」
「儂ぁ腹が減ってたまらん。すぐに行こうぞ」
「待て待て。前の村んときは昼に仕掛けてえらい目に遭うたではないか」
「うむ。今夜寝静まった頃に一気にやろう。始末するのも容易いからのう」

大変だ! 皆に知らせなければ…
おまつはなんとかして縄を解こうとしたがはずれない。
涙が出そうになったそのとき、櫟にくくってあった縄がぷっつり切れた。

おまつは一散に駆け出した。
だが落武者の方が足は速い。
あっという間に六人に追いつかれてしまった。

「この娘、逃げられると厄介だの」
「案内なぞ無うても山を下れば村へは出るしな」
「面倒な荷物は片付けておくか」

ギラリ。
落武者の一人が刀を抜いた。

おまつが思わず目をつむった刹那、もの凄い音がし地響きが轟き、そして静かになった。
おそるおそる目を開けるとそこには驚くべき光景が広がっていた。
櫟の大木が根元からぷっつり倒れ、落武者達が皆下敷きになっている。
おまつは一目散に村に駆け戻り、事の仔細を告げた。

村人たちが来てみると落武者は皆息が絶えていた。
櫟の株はまるで名人が切ったように滑らかだった。
「櫟が自らの命で儂らを救ってくれたんじゃな…」
村長(むらおさ)の言葉に皆手を合わせた。

おまつが一人残って切り株の前で手を合わせていると、肩を叩かれた。
振り向くとどこから現れたのか背の高い白髪に白髭のおじいさんが立っている。

「そんなに悔やまずとも良い良い。儂は最期に皆の役に立てて幸いじゃ。切り株の隣りに若い芽が出とる。それは儂の子だ。大切にしてくれると嬉しい。いろんなことがあったがお主らと遊んだのが一番楽しかったぞ、ありがとう」
そう言って老人はにっこり笑うと、だんだん薄くなり消えてしまった。

………………………………………………………………

「私のおばあさんが子どもの頃に、そのまたおばあさんから聞いた話だよ」
「くぬぎのこどももこんなにりっぱにそだったんだね!」
「村人たちは恩を忘れなかったということだね」
「あ、こっちにおじぞうさんもいるよ」
「落武者を弔う為に村人が立てたものだね」
「そうなんだ…」

二人でそちらにも手を合わせた。
櫟の枝がざわざわと揺れた。

チョコ太郎より

お読みいただき、ありがとうございます。「まとめて読みたい」とのご要望をたくさんいただきました。以下のボタンからお入りください。

ご希望や感想、「こんな話が読みたい」「こんな妖怪の話が聞きたい」「こんな話を知っている」といった声をぜひお聞かせください。一言でも大丈夫です!下記のフォームからどうぞ。

記事をシェアする

※この記事内容は公開日時点での情報です。

プロフィール

チョコ太郎のアバター
チョコ太郎

子ども文化や懐かしいものが大好き。いつも面白いものを探しています!

タグ

フリーワード検索

目次