小学二年生の夏、叔母と訪れた静かな海辺で、ひとつの不思議な話を聞きました。それは、雷雨の午後に語られた、ちょっと怖くて、とても不思議な思い出です。ただの“こわい話”かと思いきや、その先には思いがけない結末が待っていました。これは、あの夏、私が聞いた忘れられない出来事です。
夏休みに叔母と海へ

小学二年生の夏、ぼくは一人で母の実家に一週間泊まりに行った。祖父と釣りに出かけたり、叔父と虫取りをしたりして、夏を満喫。あっという間に、楽しい日々は過ぎていった。
帰る前日―。母の一番下の妹、当時18歳になるヨウコ叔母さんが、愛車「水中メガネ(ホンダZの愛称)」で海に連れて行ってくれた。
二人で昼前まで泳いでいたが、突然、空に黒雲が湧きあがり、ゴロゴロと雷が鳴り出した。これは大変だと、急いで海の家に駆け込んだ瞬間、稲妻が光った。
「なかなか止まないね」
「どうせ濡れるのに、不思議な気もするよね。小降りになったら泳ぐ?」
「う〜ん…雷がこわいや」
「じゃあ、お話してあげようか? 実はね、この海って“女の子の幽霊が出る”って評判だったのよ」
「えっ! 幽霊? 聞きたい聞きたい!」
叔母が話してくれた話とは…

叔母は静かに話し始めた。
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一昨年の8月、お盆も過ぎたころに、ここに来たのよ。その日はクラゲが出ていて、海で泳ぐ人はまばらだった。
私は学校の課題に使う貝殻を集めに来ていて、ずっと下を見ながら砂浜を歩いていた。すると、突然、目の前に小さな脚が二本。顔を上げると、5~6歳くらいの女の子が立っていて「何してるの?」と声をかけてきたの。
「いろんな貝殻を集めてるの」と答えると、手伝うと言う。その子は真っ黒に日焼けした、可愛らしい子で、名前は“朋子ちゃん”だったわ。二人で集めたおかげで、バケツはすぐに貝でいっぱいになった。
ボートで向かった白い砂浜
「ありがとう! お礼にアイス買ってあげる」そう言ったら、朋子ちゃんは首を振って、ある方向を指差した。
「あれに乗りたいなぁ」
見ると、そこにはボート。
「うん、いいわよ」と言って、私はボートを借りて漕ぎ出したの。
海は凪いでいて、ボートは滑るように進んだ。岬の岩場を回ると、真っ白な砂浜が現れた。
「わあ、きれい! あそこに行こうよ」
「いいわよ」
ボートを浜に寄せると、朋子ちゃんは砂浜へ向かって駆け出した。その後を追っていると、足元に珍しい貝が落ちていた。それを拾って顔を上げると朋子ちゃんがいなくなっていたの。
姿を消した朋子ちゃん

「朋子ちゃ〜ん! 朋子ちゃ〜ん!」砂浜から松林、岬の岩場まで必死に探し回ったけれど、どこにもいない。大変なことになったと思って、急いで海の家に戻り、警察に電話したの。
5分ほどでお巡りさんが二人到着したけれど、その5分がとてつもなく長く感じられたわ。若い方のお巡りさんは海の家の人やお客さんに聞き込みを始めて、私は年配のお巡りさんと一緒に、再びボートで同じコースをたどったの。
お巡りさんは海中まで確認してくれたけれど、朋子ちゃんはいない。彼女が消えた砂浜にも上がって探したけれど、やはりいなかった。
「勘違いじゃないですよね?」そう何度も聞かれたけれど、私は「違います」と答えるしかなかったわ。
「この辺り、女の子の幽霊が出るって噂があるんだけど…。もしかしてそれ聞いたことある?」その言葉に、私はちらっと考えたのよ。
「朋子ちゃん、もしかして……」
「幽霊じゃなかった」
松林の中を探しながら戻ろうとしていたとき、向こうから若いお巡りさんと、母娘が歩いてくるのが見えたの。
「いました、いました! この砂浜まで来たときに“母親が心配してる!”って不安になって、駆け戻ったそうです」
「お騒がせしてすみません。ほら、謝りなさい」と母親。
「ごめんなさい」朋子ちゃんは、照れくさそうに頭を下げた。
「よかった! 幽霊じゃなかったんだ」
「えっ?」
「いえ、朋子ちゃんが無事でなによりです」
朋子ちゃんは母親と帰っていったわ。
「一件落着ですな。ああ、ボートはこちらで戻しておきます」
日が暮れかけていたので、私はお巡りさんにお礼を言って帰ったわ。
翌日、届いた驚きの連絡
翌日、「すぐ来てほしい」と昨日のお巡りさんから電話があってね。何事かと思って交番に駆け付けると驚く話を聞いたの。
「あの後、ボートを海に出そうとした時、岩場の下に白いものがあったんですわ。拾い上げてみるとたぶん顎の骨…子どもさんの。昨日のこともあったんで来てもらったんです」
その後、他に不審な人を見なかったかとか変なものが捨てられてなかったかとかいろいろ聞かれたけど…何も知らないとしか答えようがなかったわ。
それから三カ月くらい経ったころ、あの骨は数年前に海で行方不明になった「知子」という子だと判明したと連絡があった。
歯を治療した跡から分かったんだって。字は違うけれど、朋子ちゃんのおかげで知子ちゃんを見つけて供養することができたというわけ。
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「ね、不思議じゃない?」
「ふしぎだね! でもいいことしたね」
「そう! だからここにはもう幽霊は出ないよ。あ、日が差してきた! もう一度泳ぐ?」
「うん!」
「じゃあ〜〜〜〜競争!」
「あ、ずるい!」
一足先に走り出した叔母を追って海に向かって駆け出した。
(ファンファン福岡公式ライター・チョコ太郎)


