祖母は海辺での怖い話を語るとき、いつも真剣な表情を浮かべていました。「海には近づいてはいけないものがいるからね」と。
ある日、地元で幽霊が出ると有名なA海岸の話を祖母にすると、彼女は思い当たるふしがあるような表情を見せました。「何かあったの?」と尋ねる私に、祖母は静かに言いました。「私じゃなく、あなたのお父さんの話だけどね」と…
そして祖母が語り始めたのは、大学生だった父が友人とA海岸でキャンプした時に体験した、ゾッとする実話でした。
明治生まれの祖母から聞いた、戦慄の実話怪談をお届けします。
でると有名な海岸

小学生の頃、地元のA海岸は幽霊が出ると有名だった。
その話を祖母にすると、思い当たるふしがあるような表情になった。
「何かあったの?」
「私じゃなく、あなたのお父さんの話だけどね」
そう言うと祖母は話しはじめた。
ある春の終わりの海岸で

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ある年の春の終わり、大学生だった父は友人Tと二人でA海岸で三日間くらいキャンプをしようと出かけた。
自転車であちこち立ち寄りながらで、到着した時にはもう日が傾いていた。
海水浴にはまだ早い時期だったので他には誰もいなかった。
砂浜近くの松林にテントを立て、それから薪(たきぎ)を拾いに出かけた。
小一時間して戻った二人は薪に火を着け、飯盒で米を炊き夕飯を済ませた。
焚火を囲んで酒を飲みながら話していたが、酒に弱いTがこっくりこっくり舟をこぎ始めたのでテントに入った。
テントの外の“何か”

ランタンを消し横になり、うとうとしていると外で足音がした。
何かがテントの周りをぐるぐると回っている。
布一枚隔てたところにいる… 何だ?
異様な雰囲気にTを揺すったが、ぐっすりと眠っていて起きる様子がない。
「見てはいけない! 声を立ててもいけない!」
なぜか強くそう感じた父が祖母の手作りのお守りを握って息を殺していると、1時間くらいで気配は遠ざかっていった。
“何か”がついて来る

翌朝Tにこのことを話すと
「外に出てみれば良かったのに! 意外と度胸が無いなぁ」と笑った。
朝食を済ますと海に入った。
泳いでいるものは誰もいなかった。
二人とも泳ぎは達者だったが、昨夜あまり眠れなかった父は先に上がるとテントに入り横になった。
しばらくするとTが戻ってきたが、父を見るなり驚愕の表情を浮かべこう言った。
「あれはお前じゃなかったのか! 潜ると同じタイミングで潜って手招きするし、浮き上がろうとすると脚を掴むし… てっきりお前がからかっているんだと思っていたんだが…」
海に行かない理由
真っ青になった二人はバタバタとテントを畳むと、転がるようにA海岸を離れた。
家にたどり着くまでずっと何かがついて来ているような気がしたそうだ。
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「お父さんは、それからしばらくは海に行かなかったよ。よっぽど怖かったんだろうね」と祖母は言った。
(ファンファン福岡公式ライター/チョコ太郎)
※本記事は、ファンファン福岡に掲載された公式ライター・チョコ太郎の『祖母が語った不思議な話・その肆拾捌(48)「近づくもの」』を基に、内容を再構成・リライトした怪談記事です。明治生まれの祖母から語り継がれた体験を題材としています。


