明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」正続編終了時に、多くの方から続編を望まれる声をいただきました。御期待に応え第3シリーズをお送りします!

小学校に上がった夏、ひどく暑かった土曜日。
学校から帰ってお昼を食べた後、涼しい所を求めて縁側の隅で横になっているうちにいつの間にか眠っていた。

「あらあら、こんなところで寝ているの?」
その声に目を開けると祖母が覗き込んでいる。
「う〜ん」と答えながら寝ぼけ眼をこすった。
あれ? …右の目が腫れている?
「おばあちゃん、なんだか目が…」
「あらら、腫れているね。診てもらったほうが良いかも」
すぐに祖母に連れられてバスに乗り、目医者さん(眼科の病院)に向かった。

「寝ている間になにかの虫に刺されたのカナ? 心配しなくても大丈夫。薬を出しておきますね」
ゴツくて強面の若先生は顔に似合わぬ優しい声でこう言った。
安心して扉を出る。
来た時は気付かなかったけれど、随分古い病院だ。
「ついでにこっちにも寄って行こう」と言う祖母について行った病院の庭の隅には小さなお堂があった。
祖母が手を合わせたので真似をした。
中には「目目目目目目目目」「めめめめめめめめ」と書かれた短冊のようなものがたくさん収められていた。
少し気味が悪い。

「これ何?」
「ここは『目のお堂』。昔からこのお堂に詣ると眼病が治ると言われているのよ」
「へえ! …あれ? 横の方にねこのかたちの石があるよ」
「気がついたかい? こっちにも手を合わせておこうね」
「どういうこと?」
「帰ってから話してあげるね」
「うん!」
早く話を聞きたくて祖母の手をつかんでバス停までどんどん走った。
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【祖母の話】
今から500年くらい昔、心の優しい医者がいた。
貧しい人からは薬代はとらず、馬や牛、犬や猫まで診てやる。
村人も医者を大変慕って、お礼にと野菜や山菜を山ほど持ち込む。
おっとりした奥さんとも仲睦まじく暮らしていたが幸せは長くは続かなかった。
戦が起きたのだ。
火に巻かれ妻は死に医者も目を負傷した。
村人の必死の介抱で傷は治ったが目は見えなくなってしまった。

そんなある日、縁側で寝ていた医者は夢を見た。
庭先に女が現れ子どもの病気を見てほしいと言う。
「すまんが目が見えんようになったのでもう医者はできんのじゃ」と言うと
「先生は昔、私を助けてくださいました。先生ならこの子を治していただけると信じてここに来ました。これで診てもらえますか」と言いながら女は近づいて来て、医者の右目を舐めた。
ざらざらして…温かい…

驚いて飛び起きた瞬間、右目が開いた。
見える!
目の前に右目をつむった赤猫が座っている。
横にいたのは苦しそうに胸を上下する…子猫だった。
「毒草を食べたのか」
医者は少量の煙草を浸した白湯を慎重に少しずつ少しずつ飲ませた。
しばらくすると子猫は悪いものを吐き出し、楽になったのかすやすやと眠ってしまった。
母猫は深々と頭を下げた。
「礼を言うのはこっちの方だ。自分の目を犠牲にして儂を見えるようにしてくれたんだな。どうだ、ここで一緒に暮らさんか?」
「にゃ〜」
「そうか、よし! 今日からは家族だ」

その晩、医者の目が見えるようになった祝いの宴が開かれた。
医者はこの出来事を包み隠さず村人に告げ、猫の母子を紹介した。
「儂の右目を治してくれたのはこの猫だ。今はこうしておるが、もしかしたら人に化けるかもしれん。だがみんな、どうか恐れないでほしい」
「先生の恩人をなんで恐れるもんですか」
「今日からは仲間ですよ」
「よろしくお願いします」
村人は口々に言った。
母猫はちょんと頭を下げた。
子猫は尾頭付きの鯛と格闘していた。

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「それから医者も猫も長く生きたよ。そしてたくさんの患者を治療したんだけど、特に眼病が治ると噂になって遠方からも大勢来たんだって」
「へえ! それで今でもあのお堂におまいりしてるんだね。ボクをみてくれた目医者さんはお話の先生のしそんかな?」
「さぁ、どうでしょう。あ、腫れが引いてきたね! 良かった」
「お堂にまいったごりやくもあったのかな」
「きっとそうだね」
祖母は笑いながら片目をつぶった。



チョコ太郎より
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